コラム

光と色の話

色の客観的な表現と伝達 (その2)
・・・・・ 色票系(カラーオーダーシステム) ・・・・・

前回は、表色の必要性と表色系全体の分類、および、その内の色名系について説明しました。
今回は、色票系(カラーオーダーシステム)の代表格であるマンセル表色系についてお話します。


色の心理的三属性

色票系は、人間の色に対する認識の仕方に結びついた直感的に非常に分り易い色の分類方法です。一般に人間の色の認識の仕方には、心理的に三つの属性があると言われています。青とか赤とかいう“色合い”を示す「色相」、色の“明るさ”を示す「明度」、および色の鮮やかさを示す「彩度」のことで、これらを色の心理的三属性と呼んでいます。これらの3つの属性は、厳密には相互に関連し合っているところもあるのですが≪※1≫、一般的には互いに独立であるとして取り扱っても大きな問題が無い場合も多く、実用上、「色」というものを直感的に理解するためには極めて分り易い概念として世の中に広く普及しています。



マンセル表色系

色票系(カラーオーダーシステム)は、物体の色を心理的三属性に従って系統的・規則的に立体空間に色票を配列して記号・数値を付与したもの≪※2≫で、その代表格がマンセル表色系です≪※3≫。マンセル表色系は、米国の画家で教師でもあったマンセル(A.H.Munsell)が1905年に提唱した色の表示方法で≪※4≫、一般的にも最も馴染みが深く、小中高校時代の美術の教科書などで見た記憶のある方も多いと思います。

3次元の空間の縦軸に「明度」、この明度軸の周囲に回転方向に「色相」、また、同一明度、同一色相において明度軸(中心の無彩色軸)から遠ざかる方向に「彩度」を、知覚的に概ね等間隔になるように段階的に色票を配置して、記号と数値の組み合わせで色を表示するものです。地球儀に例えてみれば、北極から南極へ地球を貫く地軸に相当するのが「明度軸」(北極が“真っ白”、南極が“真っ黒”)、地軸の周囲の回転方向を示す経度に相当するのが「色相」、そして、地軸から地表へ向かっての隔たりに相当するのが「彩度」と言うことができます。地球儀の赤道部分で地軸に垂直に輪切りにした断面を表示したものが「色相環」と言われるものです。地球儀を南北の地軸に沿って切断した断面において、地軸方向(縦方向)が明度、地軸に直交して地軸から隔たる方向(横方向)が彩度を表すことになります。



マンセル表色系では色相を「マンセル色相(Munsell Hue)」、明度を「マンセル明度(Munsell Value)」、彩度を「マンセル彩度(Munsell Chroma)」と称し、それぞれ記号 H 、V 、C で表します。



マンセル色相(H)

マンセル色相については、最初に、最も代表的な色相として、赤( R : red )、黄( Y : yellow )、緑( G : green )、青( B : blue )、紫( P : purple ) を選び、これらを円周上5等分した位置に時計廻りに順次配値し、それぞれの丁度中間に知覚される色相として、黄赤( YR : yellow red )、黄緑( GY : green yellow )、青緑( BG : blue green )、青紫( PB : purple blue )、赤紫( RP : red purple ) を追加して、計10色相を基本色相としました(円周10等分)。
次に、それぞれの基本色相ゾーンを知覚的に等間隔になるように10分割して時計廻りに1〜10の番号を付与することにより、全部で 10×10=100色相を表すようにしたものです。
従って、それぞれの基本色相ゾーンの中で、最もその色相ゾーンを純粋に代表する色相はゾーンの中央に位置する色相で、例えば、黄( Y )の色相では“5Y”ということになり、最も黄赤 ( YR ) 寄りの色相は“1Y”、最も黄緑 ( GY ) 寄りの色相は“10Y”ということになります。




マンセル明度(V)

ある色相に着目すると、同一明度であっても無彩色に近い、くすんだ(彩度の低い)色から非常に鮮やかな(彩度の高い)色まで様々な彩度が存在します。これら同一色相、同一明度の色を横方向に無彩色から順に彩度が知覚的等歩度に高くなっていくように配置していきます。この配列に対して、無彩色を C=0 とし、彩度が増して行く毎に所定の間隔で彩度番号を付与したものがマンセル彩度です。
従って、無彩色軸から最も離れた位置にある色がその色相での最高彩度の色となります。



マンセル表色系の色表示方法

以上のようにして、心理的三属性(色相、明度、彩度)を独立な変数として色立体内での位置を指定することによって、色を客観的に表示するというのがマンセル表色系ですが、その表示形式は、有彩色の場合と無彩色の場合では以下の様に異なります。

有彩色の場合は、 HV / C という表示形式をとります。例えば、真っ赤な口紅の色などの場合は、“5R4/14” というような表記になります。色相が “5R” なので最も赤らしい赤、明度が “4” なので中程度より若干暗め、彩度が “14” なので極めて鮮やか、という意味になり、この表示を見ただけで、その色が直感的に連想できます。

無彩色の場合は、色相と彩度という概念は無く、明度のみの概念になりますので、無彩色(neutral)であるという意味の “N” を明度番号の頭に付けて表記します。例えば、マンセル明度 4 の場合は、“N4” という表記になります。



マンセル表色系の特徴(長所・短所)

以上がマンセル表色系の表示システムの概要ですが、世界中で広く受け入れられてきたのには、以下のような多くの優れた点があるためです。


一方、以下のような短所もあり、万能という訳ではありません。


以上、今回は一般社会において最も身近に知られた表色系の代表としてマンセル表色系を採りあげました。次回は、光源色にも物体色にも適用でき、かつ非常に細かく色を表示できる CIE 表色系の説明を予定しています。



≪※1≫ 色の心理的三属性(色相、明度、彩度)が互いに独立として扱えない場合の例
  • プルキンエ現象(Prukinje phenomenon)
    本連載の第14回でお話しましたように、人間の眼では明るさレベルによって視細胞(錐体、杆体)の働きが切り替わるというプルキンエ現象が知られています。錐体(3種)と杆体は分光応答度特性が異なりますので、明所視 → 薄明視 → 暗所視と変化すると、例えば明所視の下では同じ明るさに見えていた青と赤が、暗所視の下では青のほうが明るく見え、赤は暗く黒ずんで見えるということになり、色相と明度が相互に関係してきます。
  • べゾルト・ブリュッケ現象(Bezolt-Brücke phenomenon)
    或る色の色相はその光源あるいは反射面から発する光の分光分布特性によって決まります。
    同じ色相の光であっても、明るさ(輝度)が変化すると色相も(若干)変化して見える、というのがべゾルトブリュッケ現象です。
    最も単純な場合として単色光の場合で説明しますと、例えば、赤(波長660 nm)の単色光の色光スペクトルを明るくすると、色相が黄味方向に若干シフトして見え、あるいは、緑(波長510 nm)の単色光を明るくすると色相が青味方向に若干シフトして見えます。なお、明るさが変化しても色相が変化して見えない色相(波長)も存在し、これを不変色相と言います。
    不変色相は、黄(571 nm)、緑(506 nm)、青(474 nm)、紫味赤(494C nm・・・494 nmの補色主波長)です。
  • アブニー効果(Abney effect)
    色光刺激の純度(鮮やかさ)が変化すると、色相も若干変化して見える、というのがアブニー効果です。例えば、赤色単色光(630 nm)に明度を一定に保つようにしながら白色光を混合させていくと、彩度が低下して行くとともに、色相も僅かながら次第に黄赤味を帯びて変化していきます。(アブニー効果においても、べゾルト・ブリュッケ現象と同様な不変色相が存在します。)
≪※2≫ 色票系(カラーオーダーシステム)の定義

色票系(カラーオーダーシステム)は、物体色を表示するために標準化された体系であり、様々な定義がありますが、ここでは、『色紙その他の表面色によって標準色票を作成し、それを系統的(規則的)に配列して、その知覚色を定量的に表示する体系』(山中俊夫著「色彩学の基礎」:文化書房博文社)という定義に従って記載します。

≪※3≫ その他の色票系(カラーオーダーシステム)

色票系の中で、マンセル表色系とは別の考え方による基本的表色系として、オストワルト表色系がありますが、ここではその詳細は割愛します。その他にDIN表色系、NCS表色系、PCCSなどがありますが、これらは、マンセル表色系あるいはオストワルト表色系のいずれかをベースにした派生的な位置づけであると解釈されます。

≪※4≫ 「マンセル表色系」 と 「修正マンセル表色系」

1905年にA.H.マンセルによって提唱されたマンセル表色系は、その後の運用・評価の結果、1943年米国光学会(OSA:Optical Society of America)において、彩度の知覚的等歩度性や色相配列について修正が加えられ、「修正マンセル表色系」が確立されました。現在世界的に使用されているものはこの「修正マンセル表色系」なのですが、一般的には特にこれらを区別せずに、現在では単に「マンセル表色系」と呼んでいます。

≪※5≫ マンセル明度と視感反射率の関係

人間の五感(視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚)の感覚量は大雑把には、受ける刺激の強さと対数関係にあると言われています(ウェーバー・フェフィナーの法則)。例えば聴覚の場合、鼓膜を振動させるエネルギーが音として認識されるのですが、音の物理的エネルギーと認識される音の大きさは比例する訳ではなく、エネルギーが大きくなって行くに従って、感覚量として聞こえる音の大きさは飽和して行きます。明度についても同様で、物体の視感反射率( Y )が高くなる・・・明るくなるほど、肉眼で感じる明度感は飽和していきます。視感反射率( Y )とマンセル明度の関係も下図のような対数関係になっています。

≪※6≫ マンセル表色系の等歩度性

一般に、マンセル表色系の特徴として、色の等歩度性が挙げられることが多いのですが、この特徴は或る範囲の色相内でのことと解釈されます。色相環全体を見渡してみると、R(赤)〜Y(黄)〜GY(黄緑)の色差感の変化に比べて、PB(青紫)〜B(青)〜G(緑)にかけての色差感の変化が少ないように感じられますね。これは、色相環の構成を決める最初の段階で、赤、黄、緑、青、紫を基本色相として選び、これらの5色を円周 『5等分』 して配置したことに起因すると考えられます。

この5色の配置が決まった後は、隣接色相間を知覚的に等歩度に分割していきますので、隣接した基本色相の範囲では、当然等歩度になっているのですが、大きく離れた色相間では、知覚的に等歩度になっているとは言い難いという結果になっています。しかし、現実に色差を論じるのは比較的似通った色同士の間でのことが多いため、マンセル表色系は知覚的等歩度性を持っている、と解釈しても実用上は大きな支障は無いと言えます。

≪※7≫ 表色系の“システム”としての普遍性

マンセルがこの表色系を創案した当時は、その当時得られた最も高彩度の色(物体色)を彩度C=10 として無彩色(C=0)との間を知覚的に等感覚になるように分割したといわれていますが、現在では色相、明度ごとに最高彩度値がかなり異なっており、その結果マンセル色立体はかなり複雑な凸凹状態になっています。これは、ここ百年余りの間の世の中の科学技術の大きな進歩により高彩度の新しい塗料や色材が開発され、その都度高彩度側にその色票を追加してきたためです。

つまり、より高彩度の新しい色材が出現しても、表色系全体のシステムを変更する必要が無く、新たに彩度番号を付け加えるだけでよい、ということであり、マンセル表色系の一つの長所でもあるといえます。