光と色の話 第二部

光と色の話 第二部

第12回 測定誤差と迷光

本連載では、光や色の光学的特性を中心にこれまで色々な観点からお話ししてきましたが、実際の業務においてはそれぞれの目的に応じて実験を通じて光学的特性を測定・確認することも多いかと思います。
「実験によるとこういう結果になりましたよ」と説明されると、あまり疑うことなくつい信用してしまうことも多いのではないでしょうか。それで問題なく済んでしまうことも多いのですが、場合によっては思わぬ測定誤差が潜んでいることもあり、後日それが問題化してしまうことも起こりえます。

実験のやり方によっては大きな測定誤差が発生してしまう場合や、不適切な測定環境が原因で思わぬ誤差が混入したりすることがあります。同一の試料に対して、予め測定条件を取り決めた上で測定したとしても、測定環境や測定者が異なると測定結果は必ずしも一致するとは限らず、場合によっては無視できない程の大きな差異が発生してしまうこともあります例えば※本連載第9回 。また、測定環境や測定者が同じであっても、日時を隔てて再度測定すると測定結果が一致せず問題になることもあります(測定再現性の問題)。

このように、測定には「誤差」がつきものですが、この誤差がどこまで許容できるかについては、試料評価の目的、評価条件、等々によって異なり一律には言えませんが、この「誤差」を如何に小さく収めて目的に応じた測定精度を確保するかということは非常に重要なことです。

一言で光学測定実験と言っても極めて多種多様であり、一言では論じきれません。正確さを最優先に評価しなければならない場合から、大雑把でもよい場合まで、ピンからキリまでありますが、その時々の実験の目的に照らし合わせながら、常に誤差のことを念頭において実験することが大切です。誤差が少ないことが望ましいのは当然ですが、その測定実験の目的に対する許容誤差を考慮しながら、費用と時間を最小化することが求められます。そのためには、日頃から実験環境の整備や実験技術の向上に地道に努めておくことが求められます。

光学測定誤差には、数多くの要因があり、また試料の種類によっても様々ですが、今回はそれらの内、ほぼ共通的に測定誤差の要因となると考えられる迷光(stray radiation)について考えてみたいと思います。

光学測定は、目的とする光学特性情報を如何に正しく抽出して測定するかが問われる訳ですが、この光学特性情報を歪まずに抽出するためには、その光学特性の形成に関与する光(信号光)のみが存在し、それ以外の光(迷光)の存在を除外した条件下で、正しく校正された測定器で測定するのが理想です。しかし現実にはそのような実験条件を作るのは極めて難しいのが現実です。

本連載第6回「照度計を使用する時の注意点」でお話しました、測定者に当たって反射した光が照度計受光部に外乱光として入射することによる測定誤差(禿げオヤジのイラスト)も一般的照度測定環境下でよく発生する迷光による測定誤差の一例と言えます。

このような、迷光によって生じる測定誤差の例について、筆者の乏しい経験からですが、思い当たる注意点のあれこれを数点述べてみたいと思います。

暗室内の壁面等の反射による迷光

光学測定実験において、この迷光‥‥まさに「測定の惑になる」ですね‥‥を除外するためによく使用されるのが、外部からの有害な光を遮断して真っ暗な中で実験を行えるようにした光学暗室(以下、暗室と記します)です。暗室の出入り口などに隙間があれば、そこから外光が侵入してきて迷光になってしまうことは容易に理解できますが、迷光は室外からの進入光だけに限りません。暗室は、室外からの光の混入を完全に遮断するとともに、暗室内の壁、天井、床、什器備品等は、暗室内で用いる実験用の光が反射されて実験結果に悪影響を及ぼさないように、一般的には「真っ黒」に塗装されたり、黒い暗幕によって仕切られたりしています。

光学ベンチ上に測定対象試料と検出器(測光機器)などを所定の距離関係で配置して測定することも多くあります。試料としては、光源そのものを測定する場合もあるでしょうし、光源によって照明された物体の反射光あるいは透過光を測定する場合もあるでしょう。 いずれにしても、測定対象の光(試料光)・・・多くの場合は、試料(光源あるいは物体)から検出器に向かって進行する光・・・を測定することになります。

光源から放出される光や試料物体からの反射光・透過光等には、測定対象の光(試料光)だけではなく、それ以外の、試料光とは異なる方向に進行する光も併存する場合が殆どであると言えます。これらの信号光以外の光が例えば暗室内の壁面や什器備品、あるいは測定作業者等に当たって反射され、迷光となって検出器に入射してしまうことも発生します。

暗室内の壁面等は普通真っ黒ですので、壁面での反射光はかなり弱くなってはいますが、それでも信号光のレベルによっては、問題となる誤差を引き起こしてしまうこともあります。このような迷光を除去するためには、右図のように試料から検出器に至る試料光の経路に穴あき遮光板の穴部を配置して、試料光のみを通す様にして測定すると、迷光をかなり効率的に除去することができ、測定誤差を抑えることができます。

壁面反射等による迷光の抑制

偏光フィルタを使用する場合にも、偏光フィルタ通過後の光の内、信号光の進路からはずれた方向に進行した光が周辺の物体で反射して迷光化する場合があります。この迷光は反射したことによって偏光特性が試料光と異なってしまっていることも多く、偏光実験の誤差要因となることがあります。このような場合においても、上記の様な穴あき遮光板による対策によって偏光性が崩れた迷光が検出器に入射するのを抑制することができます。

紫外・赤外実験の場合の迷光

人間の眼で見て「真っ黒」ということは、その面に光が当たっても可視光は殆ど吸収されてしまい反射が殆ど無いということを意味しています。従って、暗室内の各種物体(壁面、天井、床、什器備品等)が、眼で見て「真っ黒」であれば、可視域の実験においては、多くの場合はこれらの物体面での反射による迷光のレベルはかなり弱くなっていることが多いので、問題になりにくいとみてよいかと思います。しかし、紫外、赤外を含む波長領域を対象とする実験を行う場合には、問題を引き起こす場合があるので注意が必要です。「真っ黒」に見えていても、それは可視光の反射が極めて少ない、ということであって、可視光以外の紫外域や赤外域の反射については肉眼では分かりません。

可視域では反射率が低くても、紫外域や赤外域では反射率がかなり高くなっているものが暗室内に紛れ込んでいる場合があります。このような環境で紫外や赤外の実験を行うのは、可視域での実験において周囲の壁や什器備品が白や明るい灰色であることに相当します。肉眼では「真っ黒」に見えるだけに、可視域外で反射率が高くなっていて迷光の原因になっていることに気がつきにくく、測定誤差に繋がり易いという、ちょっと厄介な事情があります。

例えば、一般民生用に作られた暗幕を暗室用に流用している場合もあり得ます。このような暗幕では、下図の分光反射率グラフのように、可視域内だけで「黒染」になっていて、可視域外では反射率がかなり高くなっている・・・つまり、暗幕のつもりが、“明幕”になっている・・・ことがあります※1。 

なお、下図の分光反射率グラフには、可視域内だけでなく可視域外でもそのまま低反射率特性を示す「植毛紙」と呼ばれる“真っ黒な”反射防止シートの特性を比較表示しています。※2

暗幕と植毛紙

什器備品等の表面を「黒塗装」したものでも、可視域外で反射率が高くなっている場合があります。従って、紫外や赤外の波長域を扱う暗室においては、暗室内全体(壁、天井、床、什器備品等)の紫外から赤外全般に亘る分光反射率を前もって確認し、もし可視域外で反射率が高くなっている所があれば、塗装し直すなり取り換えるなりして、迷光発生の心配要素を取り除いておくべきでしょう。

また、厳密な測定を行う場合には、実験者の衣服についても、紫外・赤外の反射が少ないものを着用したり、あるいはリモートケーブル等を使用して測定操作をする配慮も必要かと思います。

光学フィルタ使用による迷光増加

測定の目的によっては、光学フィルタ(以下、フィルタと記します)を通して試料光を測定する場合もあるかと思います。光学フィルタは板状(ガラス、アクリル等)あるいはフィルム状の光学部品で、様々な分光透過率特性のものが準備されており、目的に応じて、適切な分光透過率特性のものを選んで使用されます。フィルタの挿入位置は、測定対象、測定目的等に応じて、光源に掛けて照明光の分光分布を調整したり、検出器の受光部に掛けて特定波長域のみを抽出測定したり、色々な使い方がされます。 例えば、光源で試料物体を照明しそれを光測定器で測定したり、カメラで撮影したりする場合を考えてみましょう。例えば、右下図のような場合・・・・・照明光を受ける試料物体の表面が照明光の光軸に垂直な配置になっており、光源と試料物体の間にフィルタを挿入して試料物体の透過光を測定する場合・・・・・を考えてみます。当然のことながら、フィルタ透過光が試料物体に照射された後の試料物体での透過光に専ら関心が向くことになります。しかしここで注意すべきは、試料物体表面での反射光の挙動です。素直に考えれば、光軸に垂直・・・・・すなわち試料物体の入射面に平行・・・・・にフィルタを挿入することになると思います。照射光が試料物体表面に垂直入射しますので、反射光も垂直方向の反射が強くなっており、この反射光が光軸に沿って逆進します。フィルタが光軸に垂直に挿入されていると、フィルタの裏面で垂直入射・垂直反射することになり、フィルタ裏面と試料物体表面との間で多重反射が生じることになります。このような多重反射が起こってしまうと、試料物体への入射光の分光分布特性が試料物体表面やフィルタ裏面の分光反射率特性の影響を受けてしまい、意図した実験条件からずれてしまうことになってしまいます。

このような、面間多重反射による迷光を避けるためには、フィルタを光軸に対してほんの僅か傾けて挿入してやるという手段があります。試料物体面とフィルタ裏面が平行にならないようにすることで、フィルタ裏面での反射光が光軸に対して角度が付くために多重反射が置きにくくなり、反射光(迷光)が軸外へ逃げて行くことになります。

光源の筐体面等が試料光の光軸に垂直になっている場合も同様で、フィルタ表面と光源の筐体面とが平行になり、フィルタ表面での反射光が光源の筐体面との間で多重反射を起こしてしまうことがあり、その結果フィルタの実質的な分光透過率特性がフィルタの仕様特性からずれてしまい、測定誤差の原因になってしまうことがあります。

光学フィルタの表面反射成分による誤差と迷光発生

なお、“わずかに傾けて”というフィルタの挿入角度ですが、色ガラスフィルタ等の場合はフィルタへの入射角が垂直入射から多少ずれても分光透過率特性への影響は少なく、多くの場合は問題にはならないと考えられますが、干渉フィルタの場合には、分光透過率特性が入射角によってかなり敏感に変化しますので、厳密な測定が必要な時には、分光透過率特性とフィルタ挿入角度の関係を予め確認しておいた方がよいでしょう。

註釈
※1 民生用暗幕の分光反射率

この測定データは、試料(暗幕、植毛紙)を入射角45°で照明し、正反射方向(反射角45°)への分光反射率(正確には分光輝度率)を測定したものです。

民生用の暗幕では、最低限可視域での反射率が低くて「肉眼で真っ黒」に見えることが黒染の条件で、紫外・赤外については考慮されていない場合があるということです。

我々の身の周りに存在する“黒く見える”物の中には、可視域全体では反射率が低くても赤外域になると急に反射率が上昇しているものが多く存在します。本連載第一部第3回「可視域とは?」で、“つつじの花弁およびカンナの葉の分光反射率”のグラフを例示しましたが、自然界の植物等の分光反射率は、可視域での分光反射率特性(色味)に関わらず赤外域で大きく上昇していることが多いと言われています。このような植物繊維を使用して暗幕の布地が作られていた場合、可視域だけを考慮した「黒染」では、可視域外で素材の高反射率特性が残ってしまうことになってしまいます。

※2 (光学用)植毛紙

比較の為に測定した光学用植毛紙は、細かくカットされた黒染繊維群をフィルム・紙・布等の基材面に直立した状態で均一密集植毛してシート状にしたもので、可視域だけでなく紫外域、赤外域でも光を殆ど吸収して反射が極めて少ないため、光学機器の乱反射防止材としてよく使用されます。暗室内や実験機材において、有害な反射が懸念される所に植毛紙を貼っておくのは有効な迷光抑制方法です。

測定誤差と迷光

光と色の話 第二部

光と色の話 第二部

第12回 測定誤差と迷光

本連載では、光や色の光学的特性を中心にこれまで色々な観点からお話ししてきましたが、実際の業務においてはそれぞれの目的に応じて実験を通じて光学的特性を測定・確認することも多いかと思います。
「実験によるとこういう結果になりましたよ」と説明されると、あまり疑うことなくつい信用してしまうことも多いのではないでしょうか。それで問題なく済んでしまうことも多いのですが、場合によっては思わぬ測定誤差が潜んでいることもあり、後日それが問題化してしまうことも起こりえます。

実験のやり方によっては大きな測定誤差が発生してしまう場合や、不適切な測定環境が原因で思わぬ誤差が混入したりすることがあります。同一の試料に対して、予め測定条件を取り決めた上で測定したとしても、測定環境や測定者が異なると測定結果は必ずしも一致するとは限らず、場合によっては無視できない程の大きな差異が発生してしまうこともあります例えば※本連載第9回 。また、測定環境や測定者が同じであっても、日時を隔てて再度測定すると測定結果が一致せず問題になることもあります(測定再現性の問題)。

このように、測定には「誤差」がつきものですが、この誤差がどこまで許容できるかについては、試料評価の目的、評価条件、等々によって異なり一律には言えませんが、この「誤差」を如何に小さく収めて目的に応じた測定精度を確保するかということは非常に重要なことです。

一言で光学測定実験と言っても極めて多種多様であり、一言では論じきれません。正確さを最優先に評価しなければならない場合から、大雑把でもよい場合まで、ピンからキリまでありますが、その時々の実験の目的に照らし合わせながら、常に誤差のことを念頭において実験することが大切です。誤差が少ないことが望ましいのは当然ですが、その測定実験の目的に対する許容誤差を考慮しながら、費用と時間を最小化することが求められます。そのためには、日頃から実験環境の整備や実験技術の向上に地道に努めておくことが求められます。

光学測定誤差には、数多くの要因があり、また試料の種類によっても様々ですが、今回はそれらの内、ほぼ共通的に測定誤差の要因となると考えられる迷光(stray radiation)について考えてみたいと思います。

光学測定は、目的とする光学特性情報を如何に正しく抽出して測定するかが問われる訳ですが、この光学特性情報を歪まずに抽出するためには、その光学特性の形成に関与する光(信号光)のみが存在し、それ以外の光(迷光)の存在を除外した条件下で、正しく校正された測定器で測定するのが理想です。しかし現実にはそのような実験条件を作るのは極めて難しいのが現実です。

本連載第6回「照度計を使用する時の注意点」でお話しました、測定者に当たって反射した光が照度計受光部に外乱光として入射することによる測定誤差(禿げオヤジのイラスト)も一般的照度測定環境下でよく発生する迷光による測定誤差の一例と言えます。

このような、迷光によって生じる測定誤差の例について、筆者の乏しい経験からですが、思い当たる注意点のあれこれを数点述べてみたいと思います。

暗室内の壁面等の反射による迷光

光学測定実験において、この迷光‥‥まさに「測定の惑になる」ですね‥‥を除外するためによく使用されるのが、外部からの有害な光を遮断して真っ暗な中で実験を行えるようにした光学暗室(以下、暗室と記します)です。暗室の出入り口などに隙間があれば、そこから外光が侵入してきて迷光になってしまうことは容易に理解できますが、迷光は室外からの進入光だけに限りません。暗室は、室外からの光の混入を完全に遮断するとともに、暗室内の壁、天井、床、什器備品等は、暗室内で用いる実験用の光が反射されて実験結果に悪影響を及ぼさないように、一般的には「真っ黒」に塗装されたり、黒い暗幕によって仕切られたりしています。

光学ベンチ上に測定対象試料と検出器(測光機器)などを所定の距離関係で配置して測定することも多くあります。試料としては、光源そのものを測定する場合もあるでしょうし、光源によって照明された物体の反射光あるいは透過光を測定する場合もあるでしょう。 いずれにしても、測定対象の光(試料光)・・・多くの場合は、試料(光源あるいは物体)から検出器に向かって進行する光・・・を測定することになります。

光源から放出される光や試料物体からの反射光・透過光等には、測定対象の光(試料光)だけではなく、それ以外の、試料光とは異なる方向に進行する光も併存する場合が殆どであると言えます。これらの信号光以外の光が例えば暗室内の壁面や什器備品、あるいは測定作業者等に当たって反射され、迷光となって検出器に入射してしまうことも発生します。

暗室内の壁面等は普通真っ黒ですので、壁面での反射光はかなり弱くなってはいますが、それでも信号光のレベルによっては、問題となる誤差を引き起こしてしまうこともあります。このような迷光を除去するためには、右図のように試料から検出器に至る試料光の経路に穴あき遮光板の穴部を配置して、試料光のみを通す様にして測定すると、迷光をかなり効率的に除去することができ、測定誤差を抑えることができます。

壁面反射等による迷光の抑制

偏光フィルタを使用する場合にも、偏光フィルタ通過後の光の内、信号光の進路からはずれた方向に進行した光が周辺の物体で反射して迷光化する場合があります。この迷光は反射したことによって偏光特性が試料光と異なってしまっていることも多く、偏光実験の誤差要因となることがあります。このような場合においても、上記の様な穴あき遮光板による対策によって偏光性が崩れた迷光が検出器に入射するのを抑制することができます。

紫外・赤外実験の場合の迷光

人間の眼で見て「真っ黒」ということは、その面に光が当たっても可視光は殆ど吸収されてしまい反射が殆ど無いということを意味しています。従って、暗室内の各種物体(壁面、天井、床、什器備品等)が、眼で見て「真っ黒」であれば、可視域の実験においては、多くの場合はこれらの物体面での反射による迷光のレベルはかなり弱くなっていることが多いので、問題になりにくいとみてよいかと思います。しかし、紫外、赤外を含む波長領域を対象とする実験を行う場合には、問題を引き起こす場合があるので注意が必要です。「真っ黒」に見えていても、それは可視光の反射が極めて少ない、ということであって、可視光以外の紫外域や赤外域の反射については肉眼では分かりません。

可視域では反射率が低くても、紫外域や赤外域では反射率がかなり高くなっているものが暗室内に紛れ込んでいる場合があります。このような環境で紫外や赤外の実験を行うのは、可視域での実験において周囲の壁や什器備品が白や明るい灰色であることに相当します。肉眼では「真っ黒」に見えるだけに、可視域外で反射率が高くなっていて迷光の原因になっていることに気がつきにくく、測定誤差に繋がり易いという、ちょっと厄介な事情があります。

例えば、一般民生用に作られた暗幕を暗室用に流用している場合もあり得ます。このような暗幕では、下図の分光反射率グラフのように、可視域内だけで「黒染」になっていて、可視域外では反射率がかなり高くなっている・・・つまり、暗幕のつもりが、“明幕”になっている・・・ことがあります※1。 

なお、下図の分光反射率グラフには、可視域内だけでなく可視域外でもそのまま低反射率特性を示す「植毛紙」と呼ばれる“真っ黒な”反射防止シートの特性を比較表示しています。※2

暗幕と植毛紙

什器備品等の表面を「黒塗装」したものでも、可視域外で反射率が高くなっている場合があります。従って、紫外や赤外の波長域を扱う暗室においては、暗室内全体(壁、天井、床、什器備品等)の紫外から赤外全般に亘る分光反射率を前もって確認し、もし可視域外で反射率が高くなっている所があれば、塗装し直すなり取り換えるなりして、迷光発生の心配要素を取り除いておくべきでしょう。

また、厳密な測定を行う場合には、実験者の衣服についても、紫外・赤外の反射が少ないものを着用したり、あるいはリモートケーブル等を使用して測定操作をする配慮も必要かと思います。

光学フィルタ使用による迷光増加

測定の目的によっては、光学フィルタ(以下、フィルタと記します)を通して試料光を測定する場合もあるかと思います。光学フィルタは板状(ガラス、アクリル等)あるいはフィルム状の光学部品で、様々な分光透過率特性のものが準備されており、目的に応じて、適切な分光透過率特性のものを選んで使用されます。フィルタの挿入位置は、測定対象、測定目的等に応じて、光源に掛けて照明光の分光分布を調整したり、検出器の受光部に掛けて特定波長域のみを抽出測定したり、色々な使い方がされます。 例えば、光源で試料物体を照明しそれを光測定器で測定したり、カメラで撮影したりする場合を考えてみましょう。例えば、右下図のような場合・・・・・照明光を受ける試料物体の表面が照明光の光軸に垂直な配置になっており、光源と試料物体の間にフィルタを挿入して試料物体の透過光を測定する場合・・・・・を考えてみます。当然のことながら、フィルタ透過光が試料物体に照射された後の試料物体での透過光に専ら関心が向くことになります。しかしここで注意すべきは、試料物体表面での反射光の挙動です。素直に考えれば、光軸に垂直・・・・・すなわち試料物体の入射面に平行・・・・・にフィルタを挿入することになると思います。照射光が試料物体表面に垂直入射しますので、反射光も垂直方向の反射が強くなっており、この反射光が光軸に沿って逆進します。フィルタが光軸に垂直に挿入されていると、フィルタの裏面で垂直入射・垂直反射することになり、フィルタ裏面と試料物体表面との間で多重反射が生じることになります。このような多重反射が起こってしまうと、試料物体への入射光の分光分布特性が試料物体表面やフィルタ裏面の分光反射率特性の影響を受けてしまい、意図した実験条件からずれてしまうことになってしまいます。

このような、面間多重反射による迷光を避けるためには、フィルタを光軸に対してほんの僅か傾けて挿入してやるという手段があります。試料物体面とフィルタ裏面が平行にならないようにすることで、フィルタ裏面での反射光が光軸に対して角度が付くために多重反射が置きにくくなり、反射光(迷光)が軸外へ逃げて行くことになります。

光源の筐体面等が試料光の光軸に垂直になっている場合も同様で、フィルタ表面と光源の筐体面とが平行になり、フィルタ表面での反射光が光源の筐体面との間で多重反射を起こしてしまうことがあり、その結果フィルタの実質的な分光透過率特性がフィルタの仕様特性からずれてしまい、測定誤差の原因になってしまうことがあります。

光学フィルタの表面反射成分による誤差と迷光発生

なお、“わずかに傾けて”というフィルタの挿入角度ですが、色ガラスフィルタ等の場合はフィルタへの入射角が垂直入射から多少ずれても分光透過率特性への影響は少なく、多くの場合は問題にはならないと考えられますが、干渉フィルタの場合には、分光透過率特性が入射角によってかなり敏感に変化しますので、厳密な測定が必要な時には、分光透過率特性とフィルタ挿入角度の関係を予め確認しておいた方がよいでしょう。

註釈
※1 民生用暗幕の分光反射率

この測定データは、試料(暗幕、植毛紙)を入射角45°で照明し、正反射方向(反射角45°)への分光反射率(正確には分光輝度率)を測定したものです。

民生用の暗幕では、最低限可視域での反射率が低くて「肉眼で真っ黒」に見えることが黒染の条件で、紫外・赤外については考慮されていない場合があるということです。

我々の身の周りに存在する“黒く見える”物の中には、可視域全体では反射率が低くても赤外域になると急に反射率が上昇しているものが多く存在します。本連載第一部第3回「可視域とは?」で、“つつじの花弁およびカンナの葉の分光反射率”のグラフを例示しましたが、自然界の植物等の分光反射率は、可視域での分光反射率特性(色味)に関わらず赤外域で大きく上昇していることが多いと言われています。このような植物繊維を使用して暗幕の布地が作られていた場合、可視域だけを考慮した「黒染」では、可視域外で素材の高反射率特性が残ってしまうことになってしまいます。

※2 (光学用)植毛紙

比較の為に測定した光学用植毛紙は、細かくカットされた黒染繊維群をフィルム・紙・布等の基材面に直立した状態で均一密集植毛してシート状にしたもので、可視域だけでなく紫外域、赤外域でも光を殆ど吸収して反射が極めて少ないため、光学機器の乱反射防止材としてよく使用されます。暗室内や実験機材において、有害な反射が懸念される所に植毛紙を貼っておくのは有効な迷光抑制方法です。

測定誤差と迷光

光と色の話 第二部

光と色の話 第二部

第12回 測定誤差と迷光

本連載では、光や色の光学的特性を中心にこれまで色々な観点からお話ししてきましたが、実際の業務においてはそれぞれの目的に応じて実験を通じて光学的特性を測定・確認することも多いかと思います。
「実験によるとこういう結果になりましたよ」と説明されると、あまり疑うことなくつい信用してしまうことも多いのではないでしょうか。それで問題なく済んでしまうことも多いのですが、場合によっては思わぬ測定誤差が潜んでいることもあり、後日それが問題化してしまうことも起こりえます。

実験のやり方によっては大きな測定誤差が発生してしまう場合や、不適切な測定環境が原因で思わぬ誤差が混入したりすることがあります。同一の試料に対して、予め測定条件を取り決めた上で測定したとしても、測定環境や測定者が異なると測定結果は必ずしも一致するとは限らず、場合によっては無視できない程の大きな差異が発生してしまうこともあります例えば※本連載第9回 。また、測定環境や測定者が同じであっても、日時を隔てて再度測定すると測定結果が一致せず問題になることもあります(測定再現性の問題)。

このように、測定には「誤差」がつきものですが、この誤差がどこまで許容できるかについては、試料評価の目的、評価条件、等々によって異なり一律には言えませんが、この「誤差」を如何に小さく収めて目的に応じた測定精度を確保するかということは非常に重要なことです。

一言で光学測定実験と言っても極めて多種多様であり、一言では論じきれません。正確さを最優先に評価しなければならない場合から、大雑把でもよい場合まで、ピンからキリまでありますが、その時々の実験の目的に照らし合わせながら、常に誤差のことを念頭において実験することが大切です。誤差が少ないことが望ましいのは当然ですが、その測定実験の目的に対する許容誤差を考慮しながら、費用と時間を最小化することが求められます。そのためには、日頃から実験環境の整備や実験技術の向上に地道に努めておくことが求められます。

光学測定誤差には、数多くの要因があり、また試料の種類によっても様々ですが、今回はそれらの内、ほぼ共通的に測定誤差の要因となると考えられる迷光(stray radiation)について考えてみたいと思います。

光学測定は、目的とする光学特性情報を如何に正しく抽出して測定するかが問われる訳ですが、この光学特性情報を歪まずに抽出するためには、その光学特性の形成に関与する光(信号光)のみが存在し、それ以外の光(迷光)の存在を除外した条件下で、正しく校正された測定器で測定するのが理想です。しかし現実にはそのような実験条件を作るのは極めて難しいのが現実です。

本連載第6回「照度計を使用する時の注意点」でお話しました、測定者に当たって反射した光が照度計受光部に外乱光として入射することによる測定誤差(禿げオヤジのイラスト)も一般的照度測定環境下でよく発生する迷光による測定誤差の一例と言えます。

このような、迷光によって生じる測定誤差の例について、筆者の乏しい経験からですが、思い当たる注意点のあれこれを数点述べてみたいと思います。

暗室内の壁面等の反射による迷光

光学測定実験において、この迷光‥‥まさに「測定の惑になる」ですね‥‥を除外するためによく使用されるのが、外部からの有害な光を遮断して真っ暗な中で実験を行えるようにした光学暗室(以下、暗室と記します)です。暗室の出入り口などに隙間があれば、そこから外光が侵入してきて迷光になってしまうことは容易に理解できますが、迷光は室外からの進入光だけに限りません。暗室は、室外からの光の混入を完全に遮断するとともに、暗室内の壁、天井、床、什器備品等は、暗室内で用いる実験用の光が反射されて実験結果に悪影響を及ぼさないように、一般的には「真っ黒」に塗装されたり、黒い暗幕によって仕切られたりしています。

光学ベンチ上に測定対象試料と検出器(測光機器)などを所定の距離関係で配置して測定することも多くあります。試料としては、光源そのものを測定する場合もあるでしょうし、光源によって照明された物体の反射光あるいは透過光を測定する場合もあるでしょう。 いずれにしても、測定対象の光(試料光)・・・多くの場合は、試料(光源あるいは物体)から検出器に向かって進行する光・・・を測定することになります。

光源から放出される光や試料物体からの反射光・透過光等には、測定対象の光(試料光)だけではなく、それ以外の、試料光とは異なる方向に進行する光も併存する場合が殆どであると言えます。これらの信号光以外の光が例えば暗室内の壁面や什器備品、あるいは測定作業者等に当たって反射され、迷光となって検出器に入射してしまうことも発生します。

暗室内の壁面等は普通真っ黒ですので、壁面での反射光はかなり弱くなってはいますが、それでも信号光のレベルによっては、問題となる誤差を引き起こしてしまうこともあります。このような迷光を除去するためには、右図のように試料から検出器に至る試料光の経路に穴あき遮光板の穴部を配置して、試料光のみを通す様にして測定すると、迷光をかなり効率的に除去することができ、測定誤差を抑えることができます。

壁面反射等による迷光の抑制

偏光フィルタを使用する場合にも、偏光フィルタ通過後の光の内、信号光の進路からはずれた方向に進行した光が周辺の物体で反射して迷光化する場合があります。この迷光は反射したことによって偏光特性が試料光と異なってしまっていることも多く、偏光実験の誤差要因となることがあります。このような場合においても、上記の様な穴あき遮光板による対策によって偏光性が崩れた迷光が検出器に入射するのを抑制することができます。

紫外・赤外実験の場合の迷光

人間の眼で見て「真っ黒」ということは、その面に光が当たっても可視光は殆ど吸収されてしまい反射が殆ど無いということを意味しています。従って、暗室内の各種物体(壁面、天井、床、什器備品等)が、眼で見て「真っ黒」であれば、可視域の実験においては、多くの場合はこれらの物体面での反射による迷光のレベルはかなり弱くなっていることが多いので、問題になりにくいとみてよいかと思います。しかし、紫外、赤外を含む波長領域を対象とする実験を行う場合には、問題を引き起こす場合があるので注意が必要です。「真っ黒」に見えていても、それは可視光の反射が極めて少ない、ということであって、可視光以外の紫外域や赤外域の反射については肉眼では分かりません。

可視域では反射率が低くても、紫外域や赤外域では反射率がかなり高くなっているものが暗室内に紛れ込んでいる場合があります。このような環境で紫外や赤外の実験を行うのは、可視域での実験において周囲の壁や什器備品が白や明るい灰色であることに相当します。肉眼では「真っ黒」に見えるだけに、可視域外で反射率が高くなっていて迷光の原因になっていることに気がつきにくく、測定誤差に繋がり易いという、ちょっと厄介な事情があります。

例えば、一般民生用に作られた暗幕を暗室用に流用している場合もあり得ます。このような暗幕では、下図の分光反射率グラフのように、可視域内だけで「黒染」になっていて、可視域外では反射率がかなり高くなっている・・・つまり、暗幕のつもりが、“明幕”になっている・・・ことがあります※1。 

なお、下図の分光反射率グラフには、可視域内だけでなく可視域外でもそのまま低反射率特性を示す「植毛紙」と呼ばれる“真っ黒な”反射防止シートの特性を比較表示しています。※2

暗幕と植毛紙

什器備品等の表面を「黒塗装」したものでも、可視域外で反射率が高くなっている場合があります。従って、紫外や赤外の波長域を扱う暗室においては、暗室内全体(壁、天井、床、什器備品等)の紫外から赤外全般に亘る分光反射率を前もって確認し、もし可視域外で反射率が高くなっている所があれば、塗装し直すなり取り換えるなりして、迷光発生の心配要素を取り除いておくべきでしょう。

また、厳密な測定を行う場合には、実験者の衣服についても、紫外・赤外の反射が少ないものを着用したり、あるいはリモートケーブル等を使用して測定操作をする配慮も必要かと思います。

光学フィルタ使用による迷光増加

測定の目的によっては、光学フィルタ(以下、フィルタと記します)を通して試料光を測定する場合もあるかと思います。光学フィルタは板状(ガラス、アクリル等)あるいはフィルム状の光学部品で、様々な分光透過率特性のものが準備されており、目的に応じて、適切な分光透過率特性のものを選んで使用されます。フィルタの挿入位置は、測定対象、測定目的等に応じて、光源に掛けて照明光の分光分布を調整したり、検出器の受光部に掛けて特定波長域のみを抽出測定したり、色々な使い方がされます。 例えば、光源で試料物体を照明しそれを光測定器で測定したり、カメラで撮影したりする場合を考えてみましょう。例えば、右下図のような場合・・・・・照明光を受ける試料物体の表面が照明光の光軸に垂直な配置になっており、光源と試料物体の間にフィルタを挿入して試料物体の透過光を測定する場合・・・・・を考えてみます。当然のことながら、フィルタ透過光が試料物体に照射された後の試料物体での透過光に専ら関心が向くことになります。しかしここで注意すべきは、試料物体表面での反射光の挙動です。素直に考えれば、光軸に垂直・・・・・すなわち試料物体の入射面に平行・・・・・にフィルタを挿入することになると思います。照射光が試料物体表面に垂直入射しますので、反射光も垂直方向の反射が強くなっており、この反射光が光軸に沿って逆進します。フィルタが光軸に垂直に挿入されていると、フィルタの裏面で垂直入射・垂直反射することになり、フィルタ裏面と試料物体表面との間で多重反射が生じることになります。このような多重反射が起こってしまうと、試料物体への入射光の分光分布特性が試料物体表面やフィルタ裏面の分光反射率特性の影響を受けてしまい、意図した実験条件からずれてしまうことになってしまいます。

このような、面間多重反射による迷光を避けるためには、フィルタを光軸に対してほんの僅か傾けて挿入してやるという手段があります。試料物体面とフィルタ裏面が平行にならないようにすることで、フィルタ裏面での反射光が光軸に対して角度が付くために多重反射が置きにくくなり、反射光(迷光)が軸外へ逃げて行くことになります。

光源の筐体面等が試料光の光軸に垂直になっている場合も同様で、フィルタ表面と光源の筐体面とが平行になり、フィルタ表面での反射光が光源の筐体面との間で多重反射を起こしてしまうことがあり、その結果フィルタの実質的な分光透過率特性がフィルタの仕様特性からずれてしまい、測定誤差の原因になってしまうことがあります。

光学フィルタの表面反射成分による誤差と迷光発生

なお、“わずかに傾けて”というフィルタの挿入角度ですが、色ガラスフィルタ等の場合はフィルタへの入射角が垂直入射から多少ずれても分光透過率特性への影響は少なく、多くの場合は問題にはならないと考えられますが、干渉フィルタの場合には、分光透過率特性が入射角によってかなり敏感に変化しますので、厳密な測定が必要な時には、分光透過率特性とフィルタ挿入角度の関係を予め確認しておいた方がよいでしょう。

註釈
※1 民生用暗幕の分光反射率

この測定データは、試料(暗幕、植毛紙)を入射角45°で照明し、正反射方向(反射角45°)への分光反射率(正確には分光輝度率)を測定したものです。

民生用の暗幕では、最低限可視域での反射率が低くて「肉眼で真っ黒」に見えることが黒染の条件で、紫外・赤外については考慮されていない場合があるということです。

我々の身の周りに存在する“黒く見える”物の中には、可視域全体では反射率が低くても赤外域になると急に反射率が上昇しているものが多く存在します。本連載第一部第3回「可視域とは?」で、“つつじの花弁およびカンナの葉の分光反射率”のグラフを例示しましたが、自然界の植物等の分光反射率は、可視域での分光反射率特性(色味)に関わらず赤外域で大きく上昇していることが多いと言われています。このような植物繊維を使用して暗幕の布地が作られていた場合、可視域だけを考慮した「黒染」では、可視域外で素材の高反射率特性が残ってしまうことになってしまいます。

※2 (光学用)植毛紙

比較の為に測定した光学用植毛紙は、細かくカットされた黒染繊維群をフィルム・紙・布等の基材面に直立した状態で均一密集植毛してシート状にしたもので、可視域だけでなく紫外域、赤外域でも光を殆ど吸収して反射が極めて少ないため、光学機器の乱反射防止材としてよく使用されます。暗室内や実験機材において、有害な反射が懸念される所に植毛紙を貼っておくのは有効な迷光抑制方法です。

測定誤差と迷光

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