コラム

光と色の話

可視域とは?

広義の「光」は、紫外、可視、赤外に分けられますが、紫外と可視、あるいは、可視と赤外の境界はどこにあり、
何故その波長帯が境界になっているのでしょうか?


人間の眼の「可視域」

私たち人間は、様々な色に囲まれて生活していますが、殆ど無意識の中で、各種の色感覚効果・色知覚効果を受けた色の認識をしています(色のトリック(日常生活編)(対比効果編)(同化効果編))。 私たちは、視覚を通して得られたこれらの色感覚や色知覚の情報を脳の中で認識理解する訳ですが、脳内では色情報単独で処理される訳ではなく、脳内に蓄積された種々雑多な各種関連情報と照合されながら認識理解されていくと考えられ、その結果、それらの色から様々な心理的影響を受け、各種の「色感情効果」へ展開波及していきます。



知覚感情(固有感情) と 情緒感情(表現感情)

「可視」とはその文字が示す通り、「みることができる」という意味ですが、人間の眼の明るさを感じる感度というのは、光の波長に対して一定ではありません。可視域のほぼ中央部(波長555 nm)に感度のピークがあり、短波長側あるいは長波長側に向かって徐々に感度が低下して行き、ついには感度ゼロ、すなわち光のエネルギーはあっても全く明るさを感じなくなります。
この特性は個人個人によっても微妙に異なっており、また同一人物でも心理的要因で変動したり、また年齢によって変化していくことも知られています。

標準分光視感効率

しかし、「明るさ」を客観的・定量的に評価する必要性があるため、人類の平均的な視覚特性を代表するものとして「標準分光視感効率」≪※1≫ が定められました。図ではおよそ720 nm以上、あるいは、およそ420 nm以下では感度(応答度)がゼロになっているように見えますが、完全にゼロになっている訳ではありません。この形状からも分かりますように、紫外と可視、あるいは可視と赤外の境界波長は明確に何nmと区切られる訳ではなく、「可視域」の境界は曖昧で、各種規格や学会、団体等でもその規定は一致している訳ではありません。≪※2≫
では、この可視域の両端が、これらの波長帯に存在するのは何故なのでしょうか? 短波長側(紫外と可視の境界)と長波長側(可視と赤外の境界)について、それぞれ考えてみましょう。



紫外と可視の境界(短波長側)

光、すなわち電磁波は波長が短くなるほどエネルギーが強くなり、生体への悪影響も大きくなっていきますが、可視から紫外にわたる波長領域でも、特に人間の眼に与える影響が問題になってきます。光に対して人間の眼の最も敏感な部分は眼底にある網膜(視細胞)なのですが、「光」に敏感な為に紫外などの光子エネルギーの大きい短波長成分に対しては特に損傷を受けやすいことになります。それを避けるために網膜に至るまでの角膜、水晶体、硝子体などの組織が光子エネルギーの強い紫外成分を吸収し、網膜に紫外成分が直接到達しないようになっています。つまり、角膜や水晶体や硝子体が短波長カットフィルタの役割を果たしているのです。当然多量の紫外照射を受けると角膜や水晶体も損傷を受けてしまいます。このように、短波長側の可視限界は網膜(視細胞)保護のためであると言えます。



可視と赤外の境界(長波長側)

可視域よりも短い波長の光は、上述のように角膜や水晶体、硝子体等の組織によってブロックされて網膜(視細胞)に到達できないため、人間の眼は「明るさ」を感じることができないのですが、可視域よりも長い波長の光についてはどうなのでしょうか? 網膜に到達する光の波長は、実は可視域だけではなく赤外域の千数百nmにまで至っています。つまり、およそ780〜千数百nmの波長の赤外域の光も網膜に達しているのですが、人間の眼はこの赤外域の光に対して全く「明るさ」を感じることがないのです。これは何故なのでしょうか?

自然界には様々な「色」の物体がありますが、その「色」の原因となる波長毎の反射率特性(分光反射率特性)を、可視域だけでなく赤外域にまでわたって調べてみると、面白い傾向があります。
つつじの花弁およびカンナの葉の分光反射率

物体の「色」毎に可視域の分光反射率特性が異なっており、その特性は様々な凹凸形状をとっていることがわかります。しかしその一方で赤外域の分光反射率特性にはあまり凹凸が無く単純な形状であることがわかります。例外はありますが、一般に多くの自然界の動植物の分光反射率特性は、可視域でその色に応じた特徴的な凹凸があり、赤外域ではあまり凹凸がなく単純な特性であることが多いようです。



人類は太古の時代よりこの地球環境に適応し植物の実や動物を食料として種を保ってきたのですが、地上で生きていくためには、例えば植物の果実が熟して“食べごろ”であることを知らなければなりません。果実が熟すことは主に「色」や形で判断するのは我々自身の生活体験からもよく分かります。青い果実から徐々に色が変化し、赤く熟した果実になるということは、その果実の可視域の分光反射率特性が変化していくということです。一方赤外域の分光反射率特性は果実の熟し加減にはあまり関係しないようです。
人間が生を保つ為の情報量が圧倒的に可視域に集中しており、“見えてもあまり役に立たない”赤外は見えなくてもあまり支障が無い、ということがわかります。このように、長波長側の可視限界は人類の地上環境への適応の結果ということがおおいに考えられます。
このように考えると、環境への適合という手段で我々生物は特性を最適化 してきたのだなぁと改めて感じます。



≪※1≫

以前は、「標準比視感度」という用語が使用されていましたが、最近は学会等を中心に「標準分光視感効率」という用語が使われるようになっています。

≪※2≫
【ISO】 360〜830 nm (TC 2-35 PHOTOMETRY draft)
【法律(計量法)】 360〜830 nm  (計量法第19章照度計第一節検定第794条
【照明学会】 360 nmないし400 nmから 760 nmないし830 nmまで
(測色では380 nmから780 nmとするのが慣例) )
【JIS Z 8120 光学用語】 一般に可視放射の波長範囲の 短波長限界は360〜400 nm、
長波長限界は 760〜830 nm にあると考えてよい