光と色の話 第二部

光と色の話 第二部

第8回 条件等色(メタメリズム)

「等色」の中身

第一部第 12 回『「色」って何だろう?(その2)』で述べましたように、物体の色は「光」、「物体」および「視覚(眼と脳)」の三つの要素の特性の組み合わせによって決まります。具体的には照明光の分光分布、物体の分光反射(透過)率、視覚(3種の錐体)の特性の掛け算によって決まる訳ですから、一般的にはそれらの三要素のどれかが変化しても色感覚は変化する、ということが言えます。例えば、照明光が太陽光の場合と温白色蛍光灯の場合、照明光に応じて照明されている物体の色も当然変化します。

今、そのような照明環境変化において、二種類の物体の色がどのように変化するかに注目しましょう。光源の切り替わりに伴って当然両物体ともその色は変化しますが、両物体の色同士を相対比較すると、光源 A の下では同じ色に見えていたのに、光源 B の下では異なる色に見えてしまう、といったことが起こることがあります。

例えばデパートでベルトとハンドバッグを同じ色に揃えて買ったのに、それらを身に着けて日中戸外へ出たところ、少し色味が異なって見えた、という(品物の種類はともかく、そのような)経験をされた方もおられるのではないかと思います。 ベルトとハンドバッグは素材が異なるため分光反射率も異なり、一般的には異なる色として認識されます。ところが、ベルトの分光反射率 ρ1 ( λ ) とハンドバッグの分光反射率 ρ2 ( λ ) に対して、照明光の分光分布 P ( λ ) が特別な関係にある場合は、両者の色が同じに見えることがあります。(この例では、デパートの売り場の照明がたまたまそのような特別な関係にあったと言えます。)

上記は、物体の色についての説明ですが、光源の色についても同様なことが起こることがあります。光源 A の分光分布 PA ( λ ) と光源 B の分光分布 PB ( λ ) について、 PA ( λ ) PB ( λ ) ならば一般的には異なる色として認識されます。しかし、視覚特性との関係で特別な分光分布の組合せの場合には PA ( λ ) PB ( λ ) であっても同じ色として認識される場合があります。
第一部第 30 回でお話ししました、CIE 表色系における視覚特性を導き出す基礎実験である「等色実験」は(両視野に使用する白色反射板の反射光を二次光源と考えると)これに当たります。

つまり、物体色、光源色、いずれにおいても、眼に入射してくる光の分光分布が異なっていれば、一般には異なる色として認識されるのですが、ある特殊な条件を満たせば同一の色として認識される(等色する)ことがあるということです。

当然のことですが、物体色であれ、光源色であれ、眼に入射する二種の色光(色刺激)の分光分布が等しければ同じ色として認識され、これを完全等色( isomerism または isomeric color match )と呼んでいます。二種の物体の分光反射(透過)率が全く同じであれば、照明光の特性(分光分布)が変わると、それに応じて物体の色も変化しますが、物体同士の色は“相対的”には当然同じ色として認識されます。

これに対して、眼に入射する二種の色光(色刺激)の分光分布が等しくなくても、分光分布と視覚の特性(3種の錐体の分光応答度)との組み合わせ条件によっては3種の錐体の感覚応答量同士が等しくなる場合があり、この時は同じ色として認識されます。これを条件等色( metamerism またはmetameric color match )と呼んでいます。
このような条件等色は何故生じるのでしょうか?

色の三要素 と 三刺激値 ( , ,

色の三要素「光」、「物体」、「視覚」の内、「視覚」に関しては、ここではひとまず標準観測者に固定して、かつ「色感覚」の領域で考えてみます。※1
視覚が外部からの光刺激によって応答する色感覚は、CIE 表色系の考え方によれば、3つの刺激値( X , Y , Z )で表されます。

Km : 最大視感効率
Km = 683 lm / W )
P ( λ ) : 照明光の分光分布
ρ ( λ ) : 物体の分光反射(透過)率
 光源色の場合は ρ ( λ ) = 1
: 等色関数

これは物体の色の三要素(光、物体、視覚)の組合せによって視覚に生じる色感覚量を数式定義したもので、この三刺激値の相対比 XYZ によって色が決まることになります。※第一部第 29 回

この式から分りますように、照明光の分光分布 P ( λ ) 、物体の分光反射率 ρ ( λ ) が変化すると、一般的には三刺激値
X , Y, Z )が変化し、その結果、認識される色が変わることになります。つまり、同じ物体に対しても、照明光の特性
P ( λ ) が異なれば色は変わりますし、同じ照明光の下でも物体の特性 ρ ( λ ) が異なれば色が変わるのが一般的です。

照明光メタメリズム

今、分光反射率 ρ1 ( λ ) 、ρ2 ( λ ) の二種の物体を分光分布 P ( λ ) の照明光下で観察したときの各物体の色の三刺激値
X1 , Y1 , Z1 )および( X2 , Y2 , Z2 )は

と表すことができます。
X1 , Y1 , Z1 ) = ( X2 , Y2 , Z2 )であれば、同じ色ということになりますが、そうでない場合は両物体の刺激値の差異
Δ XΔ YΔ Z が色の違い(色差)の原因となります。

両物体の分光反射率特性が等しい、すなわち可視域全体( 380 ~ 780 nm )に亘って ρ1 ( λ ) = ρ2 ( λ ) であれば照明光
P ( λ ) の如何にかかわらず Δ XΔ YΔ Z = 0 、すなわち両物体は相対的に同じ色(完全等色)となるのは上式で一目瞭然です。

しかし Δ XΔ YΔ Z = 0 が成立する条件はそれだけではありません。二つの物体の分光反射率が異なった特性
ρ1 ( λ ) ρ2 ( λ ) であっても、ρ1 ( λ ) および ρ2 ( λ ) に対して照明光の分光分布によっては Δ XΔYΔZ = 0 となって、両物体が同じ色に見えること(条件等色)が起こる場合があります。 ρ1 ( λ ) と ρ2 ( λ ) の特性曲線が、可視域内の3か所以上の波長で互いに交差している場合には、この ρ1 ( λ ) と ρ2 ( λ ) の大小関係に応じて交差波長区間毎のプラス要素とマイナス要素が相殺して、可視域全体での積分結果がゼロになるという特別な関係となる分光分布 PM ( λ ) の照明光が存在することがあり得ます。これが照明光の異なった場合の条件等色の数学的説明ということになります。下図では、一般の照明光、例えば分光分布 P ( λ ) の白熱電球(特に白熱電球に限定するものではありません)の下では異なった色に見えるのに、分光分布
PM ( λ ) の太陽光(相関色温度 6500 K )下では同じ色に見えるという場合の例を示しています。

このように、ある照明光の下で異なった色に見える二種の物体が、別の特定の照明光の下では同じ色に見えるという現象を
照明光メタメリズム( illuminant metamerism )と呼んでいます。

物体色メタメリズム

照明光の分光分布 P ( λ ) は固定した状態で、多種多様な分光反射率 ρ1 ( λ )、 ρ2 ( λ )、 ρ3 ( λ )、・・・・・が存在する中では、基本的にはどの物体も異なった色に見えます。しかし、この照明光との関係の中で、特定の分光反射率 ρi ( λ )と
ρj ( λ )の物体の組合せ、ただし ρi ( λ ρj ( λ )に対して条件等色が成り立つ( Δ XΔ YΔ Z = 0 となる)場合があります。これを上記の照明光メタメリズムに対して、物体色メタメリズム( object-color metamerism )と呼んでいます。

幾何学的メタメリズム

或る方向から見ると同じ色に見える二種の物体が、(照明条件は同じ状態で)別の方向から見ると異なった色に見える、あるいはまた、(観測条件は同じ状態で)別の方向から照明すると異なった色に見えるという現象もあります。これは物体表面での入射角・反射角に依存して分光反射率が変化するような特殊な物体の場合に起こり得る現象です※2
これを幾何学的メタメリズム( geometric metamerism )と呼んでいます。

これは、上述の三刺激値差 Δ XΔ YΔ Z の数式において、分光反射率特性が観測条件(照明方向、観察方向)に依存して変化する中で、可視域内の波長域毎に ρ1 ( λ ) 、ρ2 ( λ ) の大小関係が逆転することがある場合には、照明光の分光分布 P ( λ ) が固定であっても、波長域毎の積分値がプラス・マイナス相殺して可視全域での積分結果としてはゼロ、すなわち
Δ XΔ YΔ Z = 0 (条件等色) が成立することがある、ということです。

以上の照明光メタメリズム、物体色メタメリズム(幾何学的メタメリズムを含む)については、眼に入射する色刺激の分光分布が等しければ等色する、しかし逆は真ならず・・・等色するからと言って、色刺激の分光分布が等しいとは限らないということですね。

観測者メタメリズム

これまでの説明は、観測者を代表特性(標準観測者)に固定して考えてきましたが、視覚には個人差があることを考慮すると、厳密には観測者毎に等色関数は異なることになります。つまり、或る観測条件下で、或る観測者では等色が成立していても、別の観測者においては等色が成立しない、ということも現実に起こります。

今、観測者Aさんの等色関数を 、Bさんの等色関数を とすると、それぞれの受ける色感覚の三刺激値( XA , YA , ZA )、( XB , YB , ZB )は

と書けます。従って、 A さんと B さんが同一照明環境下で同じ物体を見た時の両者の色感覚(三刺激値)の差異
Δ XΔ YΔ Z

となります。

A さんと B さんの視覚特性(等色関数)が全く等しい場合は、両者の色感覚の差異は、(上述の照明光メタメリズムの数式の場合と同様に) Δ XΔ YΔ Z = 0 となるのは一目瞭然で、両者の認識している色は全く同じということになります。A さんと B さんの視覚特性(等色関数)が一致していない場合は、一般には三刺激値は等しくならず、両者の色感覚は異なります。しかし、眼に入射する光刺激 P ( λ ) ・ ρ ( λ ) に対して二人の等色関数 が特別な関係である場合には Δ XΔ YΔ Z = 0 となることもあり、この場合は A さんと B さんの色感覚は一致していることになります。 これを観測者メタメリズム( observerc metamerism )と言っています。

ただし、視覚の感覚量については(残念ながら)観測者間の感覚量の差異を直接確認することは困難です。ただ、 A さんが色覚正常者、 B さんが(重度の)色覚異常者の場合には、認識している色が異なっていることは間接的ではありますが比較的容易に確認できます。二色覚者の場合、 xy 色度図の混同色線上の色同士は識別不能(同じ色に見える)となります(※第一部第 15 回)から、これは観察者メタメリズムの極端な例として位置付けられると考えられます。

視野メタメリズム

通常、観測者メタメリズムは、色覚特性の個人差のために、異なる人同士の間で生じる条件等色を指す場合が多いのですが、観測者メタメリズムの中には同一人物であっても起こるものもあります。

人間の眼は試料の色の占める面積(視角の大きさ)によって色の見え方が微妙に変わる、という「面積効果」が知られています(参照:※第一部第 30 回の註釈※2)。この効果は、眼底に広がる網膜上での錐体が集中分布する黄斑部、分布密度が低い黄斑部以外で色覚特性が僅かに異なっている※3ために生じるもので、同一照明条件で同一人が観測している場合でも、色試料の大きさ(視角の大きさ)によって、網膜上の結像面積が変わり、その結果、色が僅かながら異なって見えるというものです。

このことが原因となって、厳密には異なった色ではあるけれどもよく似通った二色の色試料を観察する場合、片方の色の面積(視角の大きさ)が変わることによって、両者の色の区別がつかなくなるようなことがあります。眼に入射する光刺激の分光分布は試料の面積には依存しませんが、それを受ける網膜上の錐体分布構造による面積効果が原因となって生じる条件等色で、
視野メタメリズム( field-size metamerism )と言われるものです。

私達の日常生活の中での条件等色の活用

「条件等色」という現象によって、私達人間生活のさまざまな局面における「色」の活用が大きく広がっているのですが、そのことを認識している人は意外に少ないかもしれません。私達の日常生活の中には、テレビや写真などのカラー画像がごく普通に溶け込んでおり、無くてはならない存在になっています。これらの画像に表現された、例えばイチゴは実物のイチゴとは全く異なるものですが、そこに表現された色は何の不自然さもなく、実際のイチゴの赤い色と「殆ど同じ色」に再現されていると認識されます。

実物のイチゴから眼に入射する光刺激の分光分布と、テレビや写真に表示されたイチゴの画像の分光分布は異なっています。テレビのイチゴ画像は
R(red)、G(green)、B(blue)の三原色の加法混色(並置混色)で、写真のイチゴ画像は、Y(yellow)、
M(magenta)、C(cyan)の三原色の減法混色で色再現されたものですから、実物のイチゴからの反射光の分光分布とは異なっていますが、条件等色を活用することによって、「殆ど同じ色」として認識させている訳です。換言すれば、加法混色、減法混色によって様々な色を作り出すことができるのも、条件等色という原理があってこそのものと言えます。

また、第一部第 36 回でお話ししました三波長域発光形蛍光ランプは、ランプ効率を犠牲にすることなく演色性を大きく改善したことにより、社会に広く普及しましたが、その分光分布は、白熱ランプや昼光のようななだらかな分光分布ではなく、極めて急峻な輝線スペクトルが目立つ特性になっています。輝線スペクトルの光源は、水銀ランプやナトリウムランプ等のように、非常に演色性が悪くて物の色がまともに見えないものが多いのに、三波長域発光形蛍光ランプはなぜ高い演色性を達成できているのでしょうか。それは、上記の照明光メタメリズムの節で述べましたように、条件等色対の物体の分光反射率曲線が可視域内において幾つかの波長で交差し、波長域毎にその大小関係が逆転するという特徴と関係があります。これらの条件等色対の分光反射率曲線の交差する波長は、人間の視覚( L 、M 、S 錐体)の分光応答度の概ね最大感度波長近辺にあるため、輝線スペクトルの波長をこれに合わせて設定すれば、条件等色が起こり易く、かつ錐体刺激値( X , Y , Z )も大きくなることにより、演色性とランプ効率の両方を同時に高いレベルで達成したと言われています。

ただ、このようにテレビや写真、更には三波長域発光形蛍光ランプ等、条件等色を利用したカラー画像や照明光源は身の回りに数多く存在していますが、厳密にいえば、全ての人に対して条件等色が成立している訳ではなく、人によっては条件等色になっていない場合(観察者メタメリズム)もあることにはなかなか思い至ることが少ないのが現実です。特に色覚障害者に対する色覚バリアフリーの観点から、このことにはもっと関心を深めておくべきものと言えましょう。

注釈
※1 色感覚応答量

物体の色の三要素(光、物体、視覚)の内、物体を照明する「光」については分光分布、また、「物体」については分光反射(透過)率という物理特性によって客観的・定量的に記述することができますが、「視覚」については生理的・心理的要因が複雑に関係しており、「光」や「物体」の特性のように客観的・定量的に記述するのは極めて困難です。
「視覚」の色情報伝達処理過程の前半部の「色感覚」と後半部の「色知覚」に分けて考えると、「色感覚」の領域までにおいては、視界からの単純な物理的色刺激に対しては感覚応答による心理量との対応関係が比較的つき易いと言え、これを心理物理量と呼び、これにより色感覚の特性を表現することができます。 CIE 表色系の3刺激値( X , Y , Z ) は色感覚応答量を表すものと言えます。

※2 分光反射率の入射角・反射角依存性

幾何学的メタメリズムが生じる物体の分光反射率の入射角・反射角依存性は、その物体の加工過程で使用される着色剤や添加剤の粒子の配向などが原因になって生じているものが多いようです。

※3

錐体が集中分布する中心窩を覆う“黄斑”はその部分が黄色い膜状組織に覆われていることがその名の由来で、そこに分布する錐体は黄色のフィルターを通して光刺激を受けていると解釈されます。そのために、黄斑部以外に分布する錐体と比較して分光応答度特性が若干異なっており、これが、CIE 表色系の 2° 視野と 10° 視野の等色関数の違いになっています。

条件等色(メタメリズム)

光と色の話 第二部

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第8回 条件等色(メタメリズム)

「等色」の中身

第一部第 12 回『「色」って何だろう?(その2)』で述べましたように、物体の色は「光」、「物体」および「視覚(眼と脳)」の三つの要素の特性の組み合わせによって決まります。具体的には照明光の分光分布、物体の分光反射(透過)率、視覚(3種の錐体)の特性の掛け算によって決まる訳ですから、一般的にはそれらの三要素のどれかが変化しても色感覚は変化する、ということが言えます。例えば、照明光が太陽光の場合と温白色蛍光灯の場合、照明光に応じて照明されている物体の色も当然変化します。

今、そのような照明環境変化において、二種類の物体の色がどのように変化するかに注目しましょう。光源の切り替わりに伴って当然両物体ともその色は変化しますが、両物体の色同士を相対比較すると、光源 A の下では同じ色に見えていたのに、光源 B の下では異なる色に見えてしまう、といったことが起こることがあります。

例えばデパートでベルトとハンドバッグを同じ色に揃えて買ったのに、それらを身に着けて日中戸外へ出たところ、少し色味が異なって見えた、という(品物の種類はともかく、そのような)経験をされた方もおられるのではないかと思います。 ベルトとハンドバッグは素材が異なるため分光反射率も異なり、一般的には異なる色として認識されます。ところが、ベルトの分光反射率 ρ1 ( λ ) とハンドバッグの分光反射率 ρ2 ( λ ) に対して、照明光の分光分布 P ( λ ) が特別な関係にある場合は、両者の色が同じに見えることがあります。(この例では、デパートの売り場の照明がたまたまそのような特別な関係にあったと言えます。)

上記は、物体の色についての説明ですが、光源の色についても同様なことが起こることがあります。光源 A の分光分布 PA ( λ ) と光源 B の分光分布 PB ( λ ) について、 PA ( λ ) PB ( λ ) ならば一般的には異なる色として認識されます。しかし、視覚特性との関係で特別な分光分布の組合せの場合には PA ( λ ) PB ( λ ) であっても同じ色として認識される場合があります。
第一部第 30 回でお話ししました、CIE 表色系における視覚特性を導き出す基礎実験である「等色実験」は(両視野に使用する白色反射板の反射光を二次光源と考えると)これに当たります。

つまり、物体色、光源色、いずれにおいても、眼に入射してくる光の分光分布が異なっていれば、一般には異なる色として認識されるのですが、ある特殊な条件を満たせば同一の色として認識される(等色する)ことがあるということです。

当然のことですが、物体色であれ、光源色であれ、眼に入射する二種の色光(色刺激)の分光分布が等しければ同じ色として認識され、これを完全等色( isomerism または isomeric color match )と呼んでいます。二種の物体の分光反射(透過)率が全く同じであれば、照明光の特性(分光分布)が変わると、それに応じて物体の色も変化しますが、物体同士の色は“相対的”には当然同じ色として認識されます。

これに対して、眼に入射する二種の色光(色刺激)の分光分布が等しくなくても、分光分布と視覚の特性(3種の錐体の分光応答度)との組み合わせ条件によっては3種の錐体の感覚応答量同士が等しくなる場合があり、この時は同じ色として認識されます。これを条件等色( metamerism またはmetameric color match )と呼んでいます。
このような条件等色は何故生じるのでしょうか?

色の三要素 と 三刺激値 ( , ,

色の三要素「光」、「物体」、「視覚」の内、「視覚」に関しては、ここではひとまず標準観測者に固定して、かつ「色感覚」の領域で考えてみます。※1
視覚が外部からの光刺激によって応答する色感覚は、CIE 表色系の考え方によれば、3つの刺激値( X , Y , Z )で表されます。

Km : 最大視感効率
Km = 683 lm / W )
P ( λ ) : 照明光の分光分布
ρ ( λ ) : 物体の分光反射(透過)率
 光源色の場合は ρ ( λ ) = 1
: 等色関数

これは物体の色の三要素(光、物体、視覚)の組合せによって視覚に生じる色感覚量を数式定義したもので、この三刺激値の相対比 XYZ によって色が決まることになります。※第一部第 29 回

この式から分りますように、照明光の分光分布 P ( λ ) 、物体の分光反射率 ρ ( λ ) が変化すると、一般的には三刺激値
X , Y, Z )が変化し、その結果、認識される色が変わることになります。つまり、同じ物体に対しても、照明光の特性
P ( λ ) が異なれば色は変わりますし、同じ照明光の下でも物体の特性 ρ ( λ ) が異なれば色が変わるのが一般的です。

照明光メタメリズム

今、分光反射率 ρ1 ( λ ) 、ρ2 ( λ ) の二種の物体を分光分布 P ( λ ) の照明光下で観察したときの各物体の色の三刺激値
X1 , Y1 , Z1 )および( X2 , Y2 , Z2 )は

と表すことができます。
X1 , Y1 , Z1 ) = ( X2 , Y2 , Z2 )であれば、同じ色ということになりますが、そうでない場合は両物体の刺激値の差異
Δ XΔ YΔ Z が色の違い(色差)の原因となります。

両物体の分光反射率特性が等しい、すなわち可視域全体( 380 ~ 780 nm )に亘って ρ1 ( λ ) = ρ2 ( λ ) であれば照明光
P ( λ ) の如何にかかわらず Δ XΔ YΔ Z = 0 、すなわち両物体は相対的に同じ色(完全等色)となるのは上式で一目瞭然です。

しかし Δ XΔ YΔ Z = 0 が成立する条件はそれだけではありません。二つの物体の分光反射率が異なった特性
ρ1 ( λ ) ρ2 ( λ ) であっても、ρ1 ( λ ) および ρ2 ( λ ) に対して照明光の分光分布によっては Δ XΔYΔZ = 0 となって、両物体が同じ色に見えること(条件等色)が起こる場合があります。 ρ1 ( λ ) と ρ2 ( λ ) の特性曲線が、可視域内の3か所以上の波長で互いに交差している場合には、この ρ1 ( λ ) と ρ2 ( λ ) の大小関係に応じて交差波長区間毎のプラス要素とマイナス要素が相殺して、可視域全体での積分結果がゼロになるという特別な関係となる分光分布 PM ( λ ) の照明光が存在することがあり得ます。これが照明光の異なった場合の条件等色の数学的説明ということになります。下図では、一般の照明光、例えば分光分布 P ( λ ) の白熱電球(特に白熱電球に限定するものではありません)の下では異なった色に見えるのに、分光分布
PM ( λ ) の太陽光(相関色温度 6500 K )下では同じ色に見えるという場合の例を示しています。

このように、ある照明光の下で異なった色に見える二種の物体が、別の特定の照明光の下では同じ色に見えるという現象を
照明光メタメリズム( illuminant metamerism )と呼んでいます。

物体色メタメリズム

照明光の分光分布 P ( λ ) は固定した状態で、多種多様な分光反射率 ρ1 ( λ )、 ρ2 ( λ )、 ρ3 ( λ )、・・・・・が存在する中では、基本的にはどの物体も異なった色に見えます。しかし、この照明光との関係の中で、特定の分光反射率 ρi ( λ )と
ρj ( λ )の物体の組合せ、ただし ρi ( λ ρj ( λ )に対して条件等色が成り立つ( Δ XΔ YΔ Z = 0 となる)場合があります。これを上記の照明光メタメリズムに対して、物体色メタメリズム( object-color metamerism )と呼んでいます。

幾何学的メタメリズム

或る方向から見ると同じ色に見える二種の物体が、(照明条件は同じ状態で)別の方向から見ると異なった色に見える、あるいはまた、(観測条件は同じ状態で)別の方向から照明すると異なった色に見えるという現象もあります。これは物体表面での入射角・反射角に依存して分光反射率が変化するような特殊な物体の場合に起こり得る現象です※2
これを幾何学的メタメリズム( geometric metamerism )と呼んでいます。

これは、上述の三刺激値差 Δ XΔ YΔ Z の数式において、分光反射率特性が観測条件(照明方向、観察方向)に依存して変化する中で、可視域内の波長域毎に ρ1 ( λ ) 、ρ2 ( λ ) の大小関係が逆転することがある場合には、照明光の分光分布 P ( λ ) が固定であっても、波長域毎の積分値がプラス・マイナス相殺して可視全域での積分結果としてはゼロ、すなわち
Δ XΔ YΔ Z = 0 (条件等色) が成立することがある、ということです。

以上の照明光メタメリズム、物体色メタメリズム(幾何学的メタメリズムを含む)については、眼に入射する色刺激の分光分布が等しければ等色する、しかし逆は真ならず・・・等色するからと言って、色刺激の分光分布が等しいとは限らないということですね。

観測者メタメリズム

これまでの説明は、観測者を代表特性(標準観測者)に固定して考えてきましたが、視覚には個人差があることを考慮すると、厳密には観測者毎に等色関数は異なることになります。つまり、或る観測条件下で、或る観測者では等色が成立していても、別の観測者においては等色が成立しない、ということも現実に起こります。

今、観測者Aさんの等色関数を 、Bさんの等色関数を とすると、それぞれの受ける色感覚の三刺激値( XA , YA , ZA )、( XB , YB , ZB )は

と書けます。従って、 A さんと B さんが同一照明環境下で同じ物体を見た時の両者の色感覚(三刺激値)の差異
Δ XΔ YΔ Z

となります。

A さんと B さんの視覚特性(等色関数)が全く等しい場合は、両者の色感覚の差異は、(上述の照明光メタメリズムの数式の場合と同様に) Δ XΔ YΔ Z = 0 となるのは一目瞭然で、両者の認識している色は全く同じということになります。A さんと B さんの視覚特性(等色関数)が一致していない場合は、一般には三刺激値は等しくならず、両者の色感覚は異なります。しかし、眼に入射する光刺激 P ( λ ) ・ ρ ( λ ) に対して二人の等色関数 が特別な関係である場合には Δ XΔ YΔ Z = 0 となることもあり、この場合は A さんと B さんの色感覚は一致していることになります。 これを観測者メタメリズム( observerc metamerism )と言っています。

ただし、視覚の感覚量については(残念ながら)観測者間の感覚量の差異を直接確認することは困難です。ただ、 A さんが色覚正常者、 B さんが(重度の)色覚異常者の場合には、認識している色が異なっていることは間接的ではありますが比較的容易に確認できます。二色覚者の場合、 xy 色度図の混同色線上の色同士は識別不能(同じ色に見える)となります(※第一部第 15 回)から、これは観察者メタメリズムの極端な例として位置付けられると考えられます。

視野メタメリズム

通常、観測者メタメリズムは、色覚特性の個人差のために、異なる人同士の間で生じる条件等色を指す場合が多いのですが、観測者メタメリズムの中には同一人物であっても起こるものもあります。

人間の眼は試料の色の占める面積(視角の大きさ)によって色の見え方が微妙に変わる、という「面積効果」が知られています(参照:※第一部第 30 回の註釈※2)。この効果は、眼底に広がる網膜上での錐体が集中分布する黄斑部、分布密度が低い黄斑部以外で色覚特性が僅かに異なっている※3ために生じるもので、同一照明条件で同一人が観測している場合でも、色試料の大きさ(視角の大きさ)によって、網膜上の結像面積が変わり、その結果、色が僅かながら異なって見えるというものです。

このことが原因となって、厳密には異なった色ではあるけれどもよく似通った二色の色試料を観察する場合、片方の色の面積(視角の大きさ)が変わることによって、両者の色の区別がつかなくなるようなことがあります。眼に入射する光刺激の分光分布は試料の面積には依存しませんが、それを受ける網膜上の錐体分布構造による面積効果が原因となって生じる条件等色で、
視野メタメリズム( field-size metamerism )と言われるものです。

私達の日常生活の中での条件等色の活用

「条件等色」という現象によって、私達人間生活のさまざまな局面における「色」の活用が大きく広がっているのですが、そのことを認識している人は意外に少ないかもしれません。私達の日常生活の中には、テレビや写真などのカラー画像がごく普通に溶け込んでおり、無くてはならない存在になっています。これらの画像に表現された、例えばイチゴは実物のイチゴとは全く異なるものですが、そこに表現された色は何の不自然さもなく、実際のイチゴの赤い色と「殆ど同じ色」に再現されていると認識されます。

実物のイチゴから眼に入射する光刺激の分光分布と、テレビや写真に表示されたイチゴの画像の分光分布は異なっています。テレビのイチゴ画像は
R(red)、G(green)、B(blue)の三原色の加法混色(並置混色)で、写真のイチゴ画像は、Y(yellow)、
M(magenta)、C(cyan)の三原色の減法混色で色再現されたものですから、実物のイチゴからの反射光の分光分布とは異なっていますが、条件等色を活用することによって、「殆ど同じ色」として認識させている訳です。換言すれば、加法混色、減法混色によって様々な色を作り出すことができるのも、条件等色という原理があってこそのものと言えます。

また、第一部第 36 回でお話ししました三波長域発光形蛍光ランプは、ランプ効率を犠牲にすることなく演色性を大きく改善したことにより、社会に広く普及しましたが、その分光分布は、白熱ランプや昼光のようななだらかな分光分布ではなく、極めて急峻な輝線スペクトルが目立つ特性になっています。輝線スペクトルの光源は、水銀ランプやナトリウムランプ等のように、非常に演色性が悪くて物の色がまともに見えないものが多いのに、三波長域発光形蛍光ランプはなぜ高い演色性を達成できているのでしょうか。それは、上記の照明光メタメリズムの節で述べましたように、条件等色対の物体の分光反射率曲線が可視域内において幾つかの波長で交差し、波長域毎にその大小関係が逆転するという特徴と関係があります。これらの条件等色対の分光反射率曲線の交差する波長は、人間の視覚( L 、M 、S 錐体)の分光応答度の概ね最大感度波長近辺にあるため、輝線スペクトルの波長をこれに合わせて設定すれば、条件等色が起こり易く、かつ錐体刺激値( X , Y , Z )も大きくなることにより、演色性とランプ効率の両方を同時に高いレベルで達成したと言われています。

ただ、このようにテレビや写真、更には三波長域発光形蛍光ランプ等、条件等色を利用したカラー画像や照明光源は身の回りに数多く存在していますが、厳密にいえば、全ての人に対して条件等色が成立している訳ではなく、人によっては条件等色になっていない場合(観察者メタメリズム)もあることにはなかなか思い至ることが少ないのが現実です。特に色覚障害者に対する色覚バリアフリーの観点から、このことにはもっと関心を深めておくべきものと言えましょう。

注釈
※1 色感覚応答量

物体の色の三要素(光、物体、視覚)の内、物体を照明する「光」については分光分布、また、「物体」については分光反射(透過)率という物理特性によって客観的・定量的に記述することができますが、「視覚」については生理的・心理的要因が複雑に関係しており、「光」や「物体」の特性のように客観的・定量的に記述するのは極めて困難です。
「視覚」の色情報伝達処理過程の前半部の「色感覚」と後半部の「色知覚」に分けて考えると、「色感覚」の領域までにおいては、視界からの単純な物理的色刺激に対しては感覚応答による心理量との対応関係が比較的つき易いと言え、これを心理物理量と呼び、これにより色感覚の特性を表現することができます。 CIE 表色系の3刺激値( X , Y , Z ) は色感覚応答量を表すものと言えます。

※2 分光反射率の入射角・反射角依存性

幾何学的メタメリズムが生じる物体の分光反射率の入射角・反射角依存性は、その物体の加工過程で使用される着色剤や添加剤の粒子の配向などが原因になって生じているものが多いようです。

※3

錐体が集中分布する中心窩を覆う“黄斑”はその部分が黄色い膜状組織に覆われていることがその名の由来で、そこに分布する錐体は黄色のフィルターを通して光刺激を受けていると解釈されます。そのために、黄斑部以外に分布する錐体と比較して分光応答度特性が若干異なっており、これが、CIE 表色系の 2° 視野と 10° 視野の等色関数の違いになっています。

条件等色(メタメリズム)

光と色の話 第二部

光と色の話 第二部

第8回 条件等色(メタメリズム)

「等色」の中身

第一部第 12 回『「色」って何だろう?(その2)』で述べましたように、物体の色は「光」、「物体」および「視覚(眼と脳)」の三つの要素の特性の組み合わせによって決まります。具体的には照明光の分光分布、物体の分光反射(透過)率、視覚(3種の錐体)の特性の掛け算によって決まる訳ですから、一般的にはそれらの三要素のどれかが変化しても色感覚は変化する、ということが言えます。例えば、照明光が太陽光の場合と温白色蛍光灯の場合、照明光に応じて照明されている物体の色も当然変化します。

今、そのような照明環境変化において、二種類の物体の色がどのように変化するかに注目しましょう。光源の切り替わりに伴って当然両物体ともその色は変化しますが、両物体の色同士を相対比較すると、光源 A の下では同じ色に見えていたのに、光源 B の下では異なる色に見えてしまう、といったことが起こることがあります。

例えばデパートでベルトとハンドバッグを同じ色に揃えて買ったのに、それらを身に着けて日中戸外へ出たところ、少し色味が異なって見えた、という(品物の種類はともかく、そのような)経験をされた方もおられるのではないかと思います。 ベルトとハンドバッグは素材が異なるため分光反射率も異なり、一般的には異なる色として認識されます。ところが、ベルトの分光反射率 ρ1 ( λ ) とハンドバッグの分光反射率 ρ2 ( λ ) に対して、照明光の分光分布 P ( λ ) が特別な関係にある場合は、両者の色が同じに見えることがあります。(この例では、デパートの売り場の照明がたまたまそのような特別な関係にあったと言えます。)

上記は、物体の色についての説明ですが、光源の色についても同様なことが起こることがあります。光源 A の分光分布 PA ( λ ) と光源 B の分光分布 PB ( λ ) について、 PA ( λ ) PB ( λ ) ならば一般的には異なる色として認識されます。しかし、視覚特性との関係で特別な分光分布の組合せの場合には PA ( λ ) PB ( λ ) であっても同じ色として認識される場合があります。
第一部第 30 回でお話ししました、CIE 表色系における視覚特性を導き出す基礎実験である「等色実験」は(両視野に使用する白色反射板の反射光を二次光源と考えると)これに当たります。

つまり、物体色、光源色、いずれにおいても、眼に入射してくる光の分光分布が異なっていれば、一般には異なる色として認識されるのですが、ある特殊な条件を満たせば同一の色として認識される(等色する)ことがあるということです。

当然のことですが、物体色であれ、光源色であれ、眼に入射する二種の色光(色刺激)の分光分布が等しければ同じ色として認識され、これを完全等色( isomerism または isomeric color match )と呼んでいます。二種の物体の分光反射(透過)率が全く同じであれば、照明光の特性(分光分布)が変わると、それに応じて物体の色も変化しますが、物体同士の色は“相対的”には当然同じ色として認識されます。

これに対して、眼に入射する二種の色光(色刺激)の分光分布が等しくなくても、分光分布と視覚の特性(3種の錐体の分光応答度)との組み合わせ条件によっては3種の錐体の感覚応答量同士が等しくなる場合があり、この時は同じ色として認識されます。これを条件等色( metamerism またはmetameric color match )と呼んでいます。
このような条件等色は何故生じるのでしょうか?

色の三要素 と 三刺激値 ( , ,

色の三要素「光」、「物体」、「視覚」の内、「視覚」に関しては、ここではひとまず標準観測者に固定して、かつ「色感覚」の領域で考えてみます。※1
視覚が外部からの光刺激によって応答する色感覚は、CIE 表色系の考え方によれば、3つの刺激値( X , Y , Z )で表されます。

Km : 最大視感効率
Km = 683 lm / W )
P ( λ ) : 照明光の分光分布
ρ ( λ ) : 物体の分光反射(透過)率
 光源色の場合は ρ ( λ ) = 1
: 等色関数

これは物体の色の三要素(光、物体、視覚)の組合せによって視覚に生じる色感覚量を数式定義したもので、この三刺激値の相対比 XYZ によって色が決まることになります。※第一部第 29 回

この式から分りますように、照明光の分光分布 P ( λ ) 、物体の分光反射率 ρ ( λ ) が変化すると、一般的には三刺激値
X , Y, Z )が変化し、その結果、認識される色が変わることになります。つまり、同じ物体に対しても、照明光の特性
P ( λ ) が異なれば色は変わりますし、同じ照明光の下でも物体の特性 ρ ( λ ) が異なれば色が変わるのが一般的です。

照明光メタメリズム

今、分光反射率 ρ1 ( λ ) 、ρ2 ( λ ) の二種の物体を分光分布 P ( λ ) の照明光下で観察したときの各物体の色の三刺激値
X1 , Y1 , Z1 )および( X2 , Y2 , Z2 )は

と表すことができます。
X1 , Y1 , Z1 ) = ( X2 , Y2 , Z2 )であれば、同じ色ということになりますが、そうでない場合は両物体の刺激値の差異
Δ XΔ YΔ Z が色の違い(色差)の原因となります。

両物体の分光反射率特性が等しい、すなわち可視域全体( 380 ~ 780 nm )に亘って ρ1 ( λ ) = ρ2 ( λ ) であれば照明光
P ( λ ) の如何にかかわらず Δ XΔ YΔ Z = 0 、すなわち両物体は相対的に同じ色(完全等色)となるのは上式で一目瞭然です。

しかし Δ XΔ YΔ Z = 0 が成立する条件はそれだけではありません。二つの物体の分光反射率が異なった特性
ρ1 ( λ ) ρ2 ( λ ) であっても、ρ1 ( λ ) および ρ2 ( λ ) に対して照明光の分光分布によっては Δ XΔYΔZ = 0 となって、両物体が同じ色に見えること(条件等色)が起こる場合があります。 ρ1 ( λ ) と ρ2 ( λ ) の特性曲線が、可視域内の3か所以上の波長で互いに交差している場合には、この ρ1 ( λ ) と ρ2 ( λ ) の大小関係に応じて交差波長区間毎のプラス要素とマイナス要素が相殺して、可視域全体での積分結果がゼロになるという特別な関係となる分光分布 PM ( λ ) の照明光が存在することがあり得ます。これが照明光の異なった場合の条件等色の数学的説明ということになります。下図では、一般の照明光、例えば分光分布 P ( λ ) の白熱電球(特に白熱電球に限定するものではありません)の下では異なった色に見えるのに、分光分布
PM ( λ ) の太陽光(相関色温度 6500 K )下では同じ色に見えるという場合の例を示しています。

このように、ある照明光の下で異なった色に見える二種の物体が、別の特定の照明光の下では同じ色に見えるという現象を
照明光メタメリズム( illuminant metamerism )と呼んでいます。

物体色メタメリズム

照明光の分光分布 P ( λ ) は固定した状態で、多種多様な分光反射率 ρ1 ( λ )、 ρ2 ( λ )、 ρ3 ( λ )、・・・・・が存在する中では、基本的にはどの物体も異なった色に見えます。しかし、この照明光との関係の中で、特定の分光反射率 ρi ( λ )と
ρj ( λ )の物体の組合せ、ただし ρi ( λ ρj ( λ )に対して条件等色が成り立つ( Δ XΔ YΔ Z = 0 となる)場合があります。これを上記の照明光メタメリズムに対して、物体色メタメリズム( object-color metamerism )と呼んでいます。

幾何学的メタメリズム

或る方向から見ると同じ色に見える二種の物体が、(照明条件は同じ状態で)別の方向から見ると異なった色に見える、あるいはまた、(観測条件は同じ状態で)別の方向から照明すると異なった色に見えるという現象もあります。これは物体表面での入射角・反射角に依存して分光反射率が変化するような特殊な物体の場合に起こり得る現象です※2
これを幾何学的メタメリズム( geometric metamerism )と呼んでいます。

これは、上述の三刺激値差 Δ XΔ YΔ Z の数式において、分光反射率特性が観測条件(照明方向、観察方向)に依存して変化する中で、可視域内の波長域毎に ρ1 ( λ ) 、ρ2 ( λ ) の大小関係が逆転することがある場合には、照明光の分光分布 P ( λ ) が固定であっても、波長域毎の積分値がプラス・マイナス相殺して可視全域での積分結果としてはゼロ、すなわち
Δ XΔ YΔ Z = 0 (条件等色) が成立することがある、ということです。

以上の照明光メタメリズム、物体色メタメリズム(幾何学的メタメリズムを含む)については、眼に入射する色刺激の分光分布が等しければ等色する、しかし逆は真ならず・・・等色するからと言って、色刺激の分光分布が等しいとは限らないということですね。

観測者メタメリズム

これまでの説明は、観測者を代表特性(標準観測者)に固定して考えてきましたが、視覚には個人差があることを考慮すると、厳密には観測者毎に等色関数は異なることになります。つまり、或る観測条件下で、或る観測者では等色が成立していても、別の観測者においては等色が成立しない、ということも現実に起こります。

今、観測者Aさんの等色関数を 、Bさんの等色関数を とすると、それぞれの受ける色感覚の三刺激値( XA , YA , ZA )、( XB , YB , ZB )は

と書けます。従って、 A さんと B さんが同一照明環境下で同じ物体を見た時の両者の色感覚(三刺激値)の差異
Δ XΔ YΔ Z

となります。

A さんと B さんの視覚特性(等色関数)が全く等しい場合は、両者の色感覚の差異は、(上述の照明光メタメリズムの数式の場合と同様に) Δ XΔ YΔ Z = 0 となるのは一目瞭然で、両者の認識している色は全く同じということになります。A さんと B さんの視覚特性(等色関数)が一致していない場合は、一般には三刺激値は等しくならず、両者の色感覚は異なります。しかし、眼に入射する光刺激 P ( λ ) ・ ρ ( λ ) に対して二人の等色関数 が特別な関係である場合には Δ XΔ YΔ Z = 0 となることもあり、この場合は A さんと B さんの色感覚は一致していることになります。 これを観測者メタメリズム( observerc metamerism )と言っています。

ただし、視覚の感覚量については(残念ながら)観測者間の感覚量の差異を直接確認することは困難です。ただ、 A さんが色覚正常者、 B さんが(重度の)色覚異常者の場合には、認識している色が異なっていることは間接的ではありますが比較的容易に確認できます。二色覚者の場合、 xy 色度図の混同色線上の色同士は識別不能(同じ色に見える)となります(※第一部第 15 回)から、これは観察者メタメリズムの極端な例として位置付けられると考えられます。

視野メタメリズム

通常、観測者メタメリズムは、色覚特性の個人差のために、異なる人同士の間で生じる条件等色を指す場合が多いのですが、観測者メタメリズムの中には同一人物であっても起こるものもあります。

人間の眼は試料の色の占める面積(視角の大きさ)によって色の見え方が微妙に変わる、という「面積効果」が知られています(参照:※第一部第 30 回の註釈※2)。この効果は、眼底に広がる網膜上での錐体が集中分布する黄斑部、分布密度が低い黄斑部以外で色覚特性が僅かに異なっている※3ために生じるもので、同一照明条件で同一人が観測している場合でも、色試料の大きさ(視角の大きさ)によって、網膜上の結像面積が変わり、その結果、色が僅かながら異なって見えるというものです。

このことが原因となって、厳密には異なった色ではあるけれどもよく似通った二色の色試料を観察する場合、片方の色の面積(視角の大きさ)が変わることによって、両者の色の区別がつかなくなるようなことがあります。眼に入射する光刺激の分光分布は試料の面積には依存しませんが、それを受ける網膜上の錐体分布構造による面積効果が原因となって生じる条件等色で、
視野メタメリズム( field-size metamerism )と言われるものです。

私達の日常生活の中での条件等色の活用

「条件等色」という現象によって、私達人間生活のさまざまな局面における「色」の活用が大きく広がっているのですが、そのことを認識している人は意外に少ないかもしれません。私達の日常生活の中には、テレビや写真などのカラー画像がごく普通に溶け込んでおり、無くてはならない存在になっています。これらの画像に表現された、例えばイチゴは実物のイチゴとは全く異なるものですが、そこに表現された色は何の不自然さもなく、実際のイチゴの赤い色と「殆ど同じ色」に再現されていると認識されます。

実物のイチゴから眼に入射する光刺激の分光分布と、テレビや写真に表示されたイチゴの画像の分光分布は異なっています。テレビのイチゴ画像は
R(red)、G(green)、B(blue)の三原色の加法混色(並置混色)で、写真のイチゴ画像は、Y(yellow)、
M(magenta)、C(cyan)の三原色の減法混色で色再現されたものですから、実物のイチゴからの反射光の分光分布とは異なっていますが、条件等色を活用することによって、「殆ど同じ色」として認識させている訳です。換言すれば、加法混色、減法混色によって様々な色を作り出すことができるのも、条件等色という原理があってこそのものと言えます。

また、第一部第 36 回でお話ししました三波長域発光形蛍光ランプは、ランプ効率を犠牲にすることなく演色性を大きく改善したことにより、社会に広く普及しましたが、その分光分布は、白熱ランプや昼光のようななだらかな分光分布ではなく、極めて急峻な輝線スペクトルが目立つ特性になっています。輝線スペクトルの光源は、水銀ランプやナトリウムランプ等のように、非常に演色性が悪くて物の色がまともに見えないものが多いのに、三波長域発光形蛍光ランプはなぜ高い演色性を達成できているのでしょうか。それは、上記の照明光メタメリズムの節で述べましたように、条件等色対の物体の分光反射率曲線が可視域内において幾つかの波長で交差し、波長域毎にその大小関係が逆転するという特徴と関係があります。これらの条件等色対の分光反射率曲線の交差する波長は、人間の視覚( L 、M 、S 錐体)の分光応答度の概ね最大感度波長近辺にあるため、輝線スペクトルの波長をこれに合わせて設定すれば、条件等色が起こり易く、かつ錐体刺激値( X , Y , Z )も大きくなることにより、演色性とランプ効率の両方を同時に高いレベルで達成したと言われています。

ただ、このようにテレビや写真、更には三波長域発光形蛍光ランプ等、条件等色を利用したカラー画像や照明光源は身の回りに数多く存在していますが、厳密にいえば、全ての人に対して条件等色が成立している訳ではなく、人によっては条件等色になっていない場合(観察者メタメリズム)もあることにはなかなか思い至ることが少ないのが現実です。特に色覚障害者に対する色覚バリアフリーの観点から、このことにはもっと関心を深めておくべきものと言えましょう。

注釈
※1 色感覚応答量

物体の色の三要素(光、物体、視覚)の内、物体を照明する「光」については分光分布、また、「物体」については分光反射(透過)率という物理特性によって客観的・定量的に記述することができますが、「視覚」については生理的・心理的要因が複雑に関係しており、「光」や「物体」の特性のように客観的・定量的に記述するのは極めて困難です。
「視覚」の色情報伝達処理過程の前半部の「色感覚」と後半部の「色知覚」に分けて考えると、「色感覚」の領域までにおいては、視界からの単純な物理的色刺激に対しては感覚応答による心理量との対応関係が比較的つき易いと言え、これを心理物理量と呼び、これにより色感覚の特性を表現することができます。 CIE 表色系の3刺激値( X , Y , Z ) は色感覚応答量を表すものと言えます。

※2 分光反射率の入射角・反射角依存性

幾何学的メタメリズムが生じる物体の分光反射率の入射角・反射角依存性は、その物体の加工過程で使用される着色剤や添加剤の粒子の配向などが原因になって生じているものが多いようです。

※3

錐体が集中分布する中心窩を覆う“黄斑”はその部分が黄色い膜状組織に覆われていることがその名の由来で、そこに分布する錐体は黄色のフィルターを通して光刺激を受けていると解釈されます。そのために、黄斑部以外に分布する錐体と比較して分光応答度特性が若干異なっており、これが、CIE 表色系の 2° 視野と 10° 視野の等色関数の違いになっています。

条件等色(メタメリズム)

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